twitterアカウントの消去について

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up:2019/10/19(土曜)


このページの内容

・webサイト管理人・残響のtwitterアカウント
「@modernclothes24」
は、2019年12月23日(以下、消去日)をもって、消去致します。

・消去日まではアカウントは残します。リプライはそんなに期待しないでください。

・DM(ダイレクトメール)は消去日まで、1週間に1回の頻度で確認します。
DMはメール通知設定にもしてあります。
ですが、消去日以降、DMも繋がらなくなります。

・残響にご連絡頂ける時は、ホームページのtopページにある連絡先からお願いします。
 代表的なものをここに記しておきます。
 
 ●メールアドレス:redselrla24あっとまーくgmail.com (あっとまーくを@に変換してください)
 ●レンタル掲示板 こちらからどうぞ


これまで、何回か自分はtwitter止める詐欺を行ってきましたが、
(例えば、ここで書いたことのように)
さすがにtwitterアカウントごと消去すれば、もう戻れはしませんので、嘘をつくにはならないかと。

以下、twitterアカウントを消去するに至った理由を述べます。
ご興味のある方はどうぞ。


●改めまして

twitterアカウント@modernclothes24を使用していた、残響です。
このアカウントは、2009年の12月2日から、10年間使用してまいりました。

アカウントは消去日をもちまして、webサービス上から完全に消去(twitter退会)しますので、
以後、Twitterのタイムラインに自分は存在しなくなりますし、DM(ダイレクトメール)でのやりとりも不可能になります。

理由(なんで)

理由1:箱庭妄想ホームページ専念

一番大きなものは、ホームページ運営に専念するためです。
今読んでくださっている、このwebページ(告知ドキュメ ント)が在る所が、それです。

このwebサイトは、自分オリジナルの妄想創作箱庭の情報を展開しているホームページです。
前から細々運営していたのですが、ここのところで、
「もっとこのホームページの情報を、しっかり記していきたい」
と強く思うようになりました。
なので、今後ネット使用は、箱庭創作を行っていきます。

Twitterでの交流関係

上記のように、Twitterを初めて、現在でちょうど10年になります。

この自分なんぞにしたら、望外の多さの人々と交流させて頂くことができました。
フォロワー数500っていうのは、自分の中では、信じられない多さの数ですよ。
みなさん、非常に良くしていただきました。

10/19(当ドキュメント記事UP日)現在のあたりで、
残響のTwitter上でのネット交流で、何かトラブルや、ネガティヴな事が水面下で実は起こった、
ということは、一切ございません(と思います。自分の確認している範囲内では)。

平たく言えば、「誰かのせいでTwitterを止めるのではない」ということです。


理由2:SNS疲れ


「SNSの仕様そのものに疲れた」という、(web技術がもたらす)心理的な部分があります。

RT(リツイート)やfav(いいね!)という、「共感」の数値化、ポイント化、競争化。
だんだんこういうものが、自分にとって、あまりほのぼのしなくなってきました。

お恥ずかしながら、これまで自分のTwitter管理画面の「通知」欄の色印に、一喜一憂していたものです。
これもひとつの「承認欲求」でしょうか。
自分の発言が、どこかの人や、世間に対して、何かしらを残せたのかもしれない、という自惚れです。
でも、その一喜一憂というものも、10年間やってみて、ある程度その深さ・浅さを把握しました。
10年かけないとわからないのか、という点がアレですが。

タイムラインの世間からは、ずいぶんいろんなものを学ばせて頂きました。
世の中は広いし、細やかだ、ということを知りました。
とりわけ、フォロワーのみなさんによる、自分へのリプライ返信は、本当にありがたいものでした。
Twitterがあったおかげで、自分は「ネガティヴな意味で完璧に孤独」にならなくて済んでいました。

その一方で、自分(及び、自分の妄想箱庭世界)が、「薄く」「小粒に」なっていくな、
という思いが、ずっとしていました。
かつて自分はネガティヴな意味で完璧に孤独でしたし、その孤独さが自分を歪めて、奇妙な思考にしていました。
が、妄想の濃度だけは高かった。それしかすることなかったですからね。

理由3:自分の浅薄さ

また、残響という奴は、コミュニケーションや人格に難を抱えている癖に……
……Twitterを長年行っていくにつれて、いろんな人に対し、
妙にヘラヘラ薄く、軽くフットワークをちょろちょろ行うようになることを、自覚するようになりました。

これは自分にとって、良い点もあれば、悪い点もある自覚でした。
あの自分でも、これだけコミュニケート適応出来るようになったんだ!という良き成長の点はもちろんあります。

その一方で、どうしようもなく「自分の薄っぺらさ」に自己嫌悪を覚えていました。
調子の良い奴だな、と。
こいつ(自分)は、他人の害にならなさそうな口調で、人に取り入り、
その薄っぺらさで、平気で人に不愉快と害悪、傷を与える人間なんだな、と。

「SNS空間に居ながら、それを直していくのが、まっとうな大人ってものでしょう」

その通りです。
Twitterでのみ交流を持てているフォロワーの方もいらっしゃいます。
また、自分と連絡を取る場合に、Twitterのフレキシブルな交流機能は非常に大きく……DMなかったら連絡取りづらいよね、って話です。
そういうことを考えるに、自分がTwitterをやめるのは、それなりに迷惑や不愉快、不便を与える行為です。

それでも本当のところ。
「創作をやりたい」「SNSに疲れた」というものの他に、
「SNSで、自己が分裂していってしまう自己嫌悪」というのは、実は大きかったです。
それに、ちょっと耐えられない。身勝手な話です。


twitter(SNS)依存

こういう所行に、みなさんが非常に身勝手さを感じ、
「こいつは程度の低い人間だ」と思われるのも、もっともです。
また、インターネットの慣習というか自然法というか、
「なんであれ、データを勝手に削除(デリート)するんじゃないよ!」
という意見も、非常にもっとも
です。
なにせ、このわたしからして、勝手にwebサイト(ブログ記事)が消えたりするのに、憤慨する人間で「あった」のですから。

なのに今回、twitterアカウントを消去する。
そこまでしないと、ホームページ運営に専念出来ないのか?
そこについては、さんざん考えました。

しかし結局、自分自身を見つめて、出た答えが、
「自分はこの10年、SNSに依存していた。twitterが血肉やこころに食い込んでしまっていた」
ということでした。
このアカウントを持っている限り、自分は結局、twitter(のある生活)に戻ってきてしまう。
そして、また同じ事を繰り返してしまう。

どんなに努力して、精進して、まともな風になったところで、
twitterアカウントがそこにあったら、自分はつい書き込んでしまう。

そのことをとても良く納得してしまったが故に。
このままでは、たぶん自分はホームページという箱庭を、ひとりで作ることが出来ないだろう。
と確信してしまったので、自分は、twitter(SNS)をやめることにしました。

「友誼よりも、自分の箱庭を取ったのだな」
はい。言い訳はしません。

自分は結局、自分の箱庭をひとりで管理して(遊んで)いないと、SNSでの交流に「逃げる」人間でした。
でも、己の箱庭(妄想)を、ひとりで作れずに、浅薄に交流をヘラヘラしている「自分」に、
どれだけの価値があるのか? 自分自身で疑問に思ってしまいます。
これは「自分においてだけ」の発言です。
みなさんという人間が「作品を作れて異ないと、価値がない」という話では決してございません。
しかし、「妄想箱庭を作れていない自分」は、みなさんにとって交流する価値が、
そんなにないのでは? という思いがあります。

少なくとも、自分が心身を安定させるには、箱庭を整備する必要がある。
そして箱庭を整備さえすれば、きっと心身や自己肯定感が安定するだろう、という希望があります。
そうして健全にホームページを(SNS抜きで)運営していくことで、
きっと残響という人間も、少しはマシになっていくのではないかと思います。


●さいごに


「妄想箱庭ホームページを作成出来なかったら、自分には価値がない」
という、悪しき決め付けは、まったくしていません。
この、創作における「創作物を作れなかったら、そいつには生きている意味がない」式の考えは、
ようやく「間違いだ」と確信出来るようになりました。

この現実世界の、全宇宙においては、すべての存在それぞれに、個々人が勝手に意味を見いだすことは出来ます。
それでも、すべての存在そのものに、確固たる存在意義、「生まれてきた意味」は、別にありません。
それどころか、存在に「意味」を見いだしたところで、
その認識や、認識を基にした「創作物(作品)」、作品の評価(批評、伝説)も、全部いずれは消えます

たとえばこのホームページですが、独自ドメインの運営をしているので、
自分が死んで、ドメイン会社やサーバ管理会社に代金が支払われなくなったら、ネットから消去(デリート)されます。
自分がこころから「作りたい」と思っている、この箱庭世界ですら、確実にそうなります。
ましてや、自分の作品や、自分に対する評価(批評)など、
もっときれいさっぱり、ひとえに風の前の塵に同じく、無くなるでしょう。

かつて、自分はその消滅性を、恐ろしいと思っていました。
しかし、どこかのタイミングで、それを受け入れました。
それが宇宙(現実)なのだな、と。

作品作り、箱庭遊びとは、死ぬまでの暇つぶしです。

自分に対する評価とか、作品に対する評判とかを気にするのは、
おそらく根元にあるのは、死ぬこと=忘却されること=消滅すること、
が、不安でしょうがないから、存在意義をかけて「抗っているのだ」と、思います。
少なくとも自分は、そう思いました。

でも、消滅を受け入れ、「あとは死ぬまで、のんきにひとり遊びしていよう」
と思えるようになりました。
なら、そのひとり遊びの精度を上げてもよいな、と。

「箱庭の作品レベルを上げなければならない」って話じゃないですよ。
くどいですが。レベルが高かろうが低かろうが、消滅するんですし。

でも、箱庭や作品を作ることで、
自己嫌悪&評価不安の亡霊とはおさらばする「確率を上げる」ことは出来るんですよね。
自分自身で何度も読み返せる箱庭作品」を、作ることが出来たら。

ようは、自分が作ったもので、自分が楽しみたいわけです。
ちょっと未来の自分が、読み返して「うわ、おもしろい」と思えたり。
だいぶ過去の自分を、不思議な遠隔手法で救ってやりたい、という気持ちもあります。

自分が読み返せて、楽しめるホームページを作りたい。
SNSは、ちょっとその方向からは、ズレるみたいだ、という観測が、
結局のところ、自分が止めるに至った理由です。

もうしばらく、インターネット上にも、現実世界(宇宙)にも居るつもりであります。
そしてこの箱庭妄想ホームページも、自分が生きている間は、存在していると思います。
(だってこれがやりたいことなんですものねぇ)。

そういうことで、
10年間、いままでtwitterでお世話になったみなさま、ありがとうございました。
以後、このホームページを楽しく運営していきたいと思います。
よろしくお願いします。


  残響(元@modernclothes24)


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